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東京高等裁判所 昭和61年(行コ)28号 判決

横浜市戸塚区岡津町二一一九番地

控訴人

冨田匡道

右訴訟代理人弁護士

鈴木郁男

同市同区小管ヶ谷町二〇〇〇番地二三

被控訴人

横浜中税務署長事務承継者

戸塚税務署長

川野嘉昭

右指定代理人

河村吉晃

郷間弘司

中川和夫

森久保貴志

右当事者間の所得税更正処分取消請求控訴事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

〔申立て〕

〈控訴人〉

「原判決を取り消す。横浜中税務署長が昭和五六年八月三一日付でした控訴人の昭和五四年分の所得税の更正を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求める。

〈被控訴人〉

主文第一項との同旨の判決を求める。

〔主張〕

次のとおり訂正するほか、原判決摘示のとおりである。

1  原判決四枚目裏八行目の「を発足させた。」を「の実施に関して定めており、これによつて右事業が発足した。」と改める。

2  同七枚目裏六行目の冒頭から七行目の「この業務」までを「その性質上収入を得るために直接に要した費用に該当しないことは明らかであり、所得を生ずべき業務について生じた費用に該当するかどうかのみが問題となりうるが、この所得を生ずべき業務とは」と改める。

3  同一三枚目裏八行目から一〇行目までの全部を「不動産貸付業を個人事業税の課税対象とする地方税法の改正規定は」と改める。

〔証拠〕

記録中の原審及び当審の証拠目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因第一項(控訴人の昭和五四年分所得についての確定申告、更正、異議申立、審査請求等の経緯)、第二項、(被控訴人による処分庁の地位の承継)の各事実並びに控訴人の昭和五四年分の総所得金額が本件奨励金にかかる所得金額を除いて六八二万七六四五円であつたこと及び控訴人が同年中に横浜市から本件奨励金三八万七二四一円の交付を受け、これが雑所得にかかる収入金に当たることは、いずれも当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、本件奨励金にかかる所得の計算上、本件土地の同年分の固定資産税等三八万七二四一円は必要経費には算入されない旨主張し、控訴人はこれを争うので、以下この点について判断する。

所得税法三七条一項は「その年分の雑所得の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、右所得の総収入金額を得るために直接に要した費用の額及び右所得を生ずべき業務について生じた費用の額とする。」旨定めている。そして、土地についての固定資産税等は、当該土地が収入を挙げるために利用されているか否か、また、何らかの業務の用に供されているか否かにかかわりなく当該土地の所有者に課されるものであるから(地方税法三四三条)、収入を挙げるために直接に要した費用に当たらないことは明らかであるが、当該土地が所得を生ずべき業務の用に供されている場合には、当該業務について生じた費用として前記必要経費に当たり、当該業務にかかる所得から控除されうるものというべきである。

そこで本件土地の固定資産税等についてみると、

1  横浜市が本件条例及び本件要綱に基づいて昭和四八年に被控訴人主張のような内容の本件事業(緑地保存地区指定事業)を発足させたこと、控訴人が昭和五二年二月二八日その所有する本件土地について同市との間で右土地を以後約一〇年間緑地として保存すること等被控訴人主張のような事項を内容とする本件契約を締結し、これに基づいて本件奨励金の交付を受ける一方、右土地につき本件諸義務を負担することになつたことは、いずれも当事者間で争いがない。

2  ところで、右に見るように本件契約は横浜市の緑化という行政目的の達成に協力しようとする対価の取得を意図しない行為であり、本件諸義務の主たる内容は、控訴人において緑地の保存の妨げとなるような行為をしないこと、土地の植生及び環境を良好に保つように管理をすること、土地を処分する場合にはあらかじめ市と協議することであつて、土地所有者の土地に対する処分又は使用の権能そのものを制限するものではなく、土地所有者としては、単に土地の所有占有を継続する限りにおいて従前どおりの態様での使用を続け、土地の維持管理を行えば足りるものである(なお、右各義務懈怠に対する制裁の定めもない―不作為義務の違反に対する制裁の点については更に4で引用する原判決の説示参照。)これによれば、本件契約によつて控訴人が負担する義務の内容は、市民生活上一般に要請される緑化のための努力義務の域を出ないか、又はこれに極めて近いものにすぎない。弁論の全趣旨によれば、本件土地は控訴人が住職を兼ねている浄土宗徹底山向導寺の境内地の一部及び同寺の裏山として管理利用されているものであることが認められるから、控訴人に要請される本件土地の維持管理の程度もおのずから明らかである。また、成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証(甲第二号証はその抜粋)によれば、本件要綱第九条において、本件奨励金として交付されるのは、横浜市の毎年度の予算の範囲内で市長が当該土地にかかる固定資産税等の課税額を勘案して算定した額とする旨が定められており、本件契約そのものには本件奨励金の交付に関する約定は存しないことが認められる。

3  右のような本件契約の趣旨、内容及び本件奨励金の支給に関する定めからすると、本件奨励金は、控訴人が本件土地を業務の用に供したことによつて得られた対価ではなく、単なる助成金又は褒賞金に類するものというべきであり、したがつて、本件諸義務の履行は本来的に収入を目的とする業務ということはできない。それゆえ、控訴人の支出した昭和五四年分の本件土地の固定資産税等は、所得を生ずべき業務について生じた費用であるとはいえない。

4  控訴人は更に、改正要綱等が新設違約条項を置いていること、補助金特例法一条の趣旨、個人事業税との関係などを根拠として前記固定資産税等を必要経費として算入すべきである旨主張するが、これらの主張に対する当裁判所の判断は、原判決一八枚目表一〇行目の「含まれていたとしても、」の次に「さきに述べたような本件諸義務の内容等に照らせば、」を加え、末行の「本件土地の利用形態及び」を削るほか、原判決の理由中のこの点に関する説示(原判決一八枚目表二行目から一九枚目表末行まで)と同一であるから、これを引用する。

そのほか、本件土地に課せられた固定資産税等を必要経費に算入すべきことを根拠づける別段の法令上の定めは見当たらない。

三  以上によれば、昭和五四年分の控訴人の雑所得の計算上、本件土地の同年分の固定資産税等を必要経費として算入することはできないというべきである。

そうすると、控訴人の同年分の総所得金額は七二一万四八八六円となるところ、本件更正における控訴人の総所得金額は七一一万四八八六円であつて右認定額の範囲内であるから、本件更正に違法ない。

よつて、控訴人の本件請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹野達 裁判官 加茂紀久男 裁判官 河合治夫)

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